ステロイドについて

さて、アトピー性皮膚炎と切っても切り離せないのがステロイドです。
ステロイドは悪の代名詞のように言われ、その治療を拒否する方も少なくありません。
ステロイドは副腎皮質ホルモンと呼ばれる物質の一種で、血液によって常に体内を循環し、さまざまな臓器や細胞に働きかけ、身体にいろいろなストレスが加わった時に体調を整える重要なホルモンです。このステロイドには炎症や免疫を抑える強い働きがあるのです。
このステロイドを人工的に化学合成したのが、ステロイド薬です。
1949年の初めにアメリカの医師がリウマチ患者さんにステロイド薬のひとつであるコルチコステロイドを注射し、歩けなかった患者さんが歩けるようになったという劇的な効果が現れました。その後、喘息のようなアレルギー性疾患、リウマチのような自己免疫疾患などの多くの病気に使われるようになりました。
1952年にはステロイドが皮膚疾患にも効果のあることが明らかになり、アメリカで外用剤が開発されました。
アトピー性皮膚炎におけるステロイド外用療法の位置づけは、専門医がきちんと治療すれば副作用を最小限に抑えて最大の効果を発揮できる治療と言えます。
しかし根本治療ではなく、あくまでも炎症を抑える対症療法です。
ただ、ステロイドにより炎症を抑えられれば、悪化した皮膚のバリア機能も改善していくので、対症療法ではあるけれど、根本的な治療にもある程度はつながっていると考えることもできます。
ステロイド外用剤に対する患者さんの最大の不安はその副作用でしょう。ステロイドを全身に長期にわたり大量に使用すると、副腎機能が低下する、糖尿病を悪化させる、骨がもろくなる、風邪などの感染症にかかりやすくなるといった全身的な副作用があります。
その反面、ステロイド外用剤は血液を通さず直接患部に使用するため医師の適切な指示に従って使用すれば、全身的な副作用の心配はほとんどありません。
ちなみにステロイド外用剤を使用して全身的副作用が起こった例は世界中でこれまで13例で、大半が乾癬という別の病気です。アトピー性皮膚炎での事例は1例だけです。
しかし、実際には、ステロイドの内服や注射による全身的な副作用と外用剤による局所的副作用が混同されているようです。
ではステロイド外用剤に副作用の心配はないのでしょうか?決してそんなことはありません。ステロイド外用剤による皮膚における副作用は大きく分けて2つに分かれます。
1つはホルモンとして直接皮膚に影響する副作用で、もう1つは炎症や免疫を抑えるために起こる感染症の副作用です。それらをまとめると、

①毛が増えて多毛になる。
②皮膚が赤くなる
③毛細血管が拡張する
④皮膚が萎縮して薄くなる
⑤ニキビが発生する
⑥ヘルペスウィルス感染症が発生する
⑦水イボが発生する
⑧水虫が悪化する
⑨すでにある細菌感染症が悪化する
⑩かぶれる

以上のようなことがステロイド外用剤の副作用としてあげられます。但し、これらの局所的副作用はステロイド外用剤を塗ると必ず起こるわけではありません。大量に長期間使用した際に起こることがあるものです。
ではなぜ「ステロイドは怖い」のでしょうか?
我々皮膚医はステロイド外用剤を拒否する患者さんは、何となくステロイドという言葉に曖昧に恐怖感を抱いているのではないかと感じています。以前「ステロイドの何が怖いのか?」という趣旨のアンケートが行われました。
その回答は、《リバウンド》、《病状が悪化する》、《効果がなくなる》、《皮膚の色が黒くなる》、《ステロイドなしではいられなくなる》、《子供がアトピーになる》、《副腎機能が低下する》、《体に蓄積される》、《奇形児が生まれる》、《ムーンフェイスになる》、《白内障になる》などでした。
しかしこれらの回答は患者さんの誤った思い込みなのです。
まずリバウンドについてですが、患者の自己判断や医師の指示など何らかの理由でステロイド外用剤を中止したあと、症状が悪化する。この現象が一般にリバウンドと言われています。しかし、厳密に言えばリバウンド現象は外用剤において存在しない概念です。
リバウンドとは、ステロイド内服薬や注射薬によって自分の体でつくりだされる、ステロイドホルモンの量が極端に低下した状態で、内服・注射を中止したことによる症状の増悪を指します。ステロイド外用剤の中止後の悪化は、単なる治療中断による急性増悪に過ぎないのです。
多くの場合、皮膚症状が十分改善していないのにもかかわらず、外用を中止して症状が悪化しているのです。それがなぜかアトピー性皮膚炎では、患者さんも医師も簡単に「ステロイドのリバウンド現象」という言い方をして、しかもそれがステロイド外用剤そのものの欠陥であるかのように誤解されています。
次に皮膚の色が黒くなるということについてですが、これも誤解の多い事柄です。
実はステロイドは皮膚の色素産生を抑える働きがあり、ステロイドを使用すると肌はむしろ白くなります。黒くなるのは、炎症が治まったあとの色素沈着であったり、掻破(掻く行為)や摩擦によって起こった色素沈着なのです。しかも炎症を早く抑えないと色もつきやすく、炎症が長引けば、色素沈着も長く続きます。
白内障になるということは、一時ステロイド外用剤との関連が疑われましたが、現在は無関係であることが証明されています。ステロイドを大量に内服した場合には白内障が起こることはありますが、外用剤によって起こることはありません。
アトピー性皮膚炎に起こる白内障や網膜剥離は眼の周りを掻いたり、こすったり、叩いたりといった行為が大きく関わっているのです。
その他についても根拠のない間違った認識なのです。
治療目標を達成するためにステロイド外用剤のもつ意義は小さくありません。
しかしステロイドはアトピー性皮膚炎を治す特効薬ではありません。あくまでも皮膚の炎症を抑える薬です。アトピー性皮膚炎は基本的には薬をうまく使ってコントロールをする病気であるという認識が重要なのです。

2020年09月07日